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2014年02月

今までにあった最大の修羅場 £24

682: 名無しさん@HOME 2011/11/27 15:11:52
誰もいないようなので、軽いのを一つ
修羅場と言っていいのか疑問だし、最大の修羅場というわけでもないけど
子供の頃、父とキャンプに行った時の事
父がテント作ったりしててヒマだったので、一人で林の中にある道に入って遊んでた
しばらくして帰ろうと思い、元きた道を引き返してたんだが、前方にヒラヒラ舞っているものが見えた
大きさは15cmぐらいか、薄暗い林の中でははっきり見えなかったけど。数メートルぐらい近づいて何かわかった
大きな蛾だった
この時点で顔面蒼白だったが「こっち来るなよ~;;こっち来るな~;;」
と、思いながら蛾を大回りで避けて早足で駆け抜けた……はずだった
突然顔の横スレスレを飛んできて、何故か胸元に着地する蛾
うはwwまさに蛾ネクタイwwwwww
と、ボケられるほど小学生の自分に余裕はなく
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
と涙目で父の元へ全力ダッシュしたのを覚えている
当時の自分には蛾との駆け引きが自分の中で修羅場だった

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今までにあった最大の修羅場 £24

627: 名無しさん@HOME 2011/11/26 15:53:08
フェイク入り+20年以上前のお話

当時、産婦人科に勤めていた
で、その頃はまだ中絶は掻爬法と呼ばれるやり方が主流だった

ある日、一組の夫婦が胎児が死んでいることが判り、中絶と同じ処置を施すことになった
数日後に同意書などそろえて処置となったのだが
旦那さんがどうしても奥さんに付いていたいと言う、これ自体は夫婦で来られた方によくある傾向なので
処置室の邪魔にならないところに控えてもらっていた
そして麻酔をかけて処置が始まったのだが、麻酔に使うラボナールはオウム事件でも注目を集めたが
人によっては自白剤のような効果があり
時々すごいことを口走る人がいて(お母さん、私のケーキ食べたの解ってるんだから!!とか)
この奥さんも作用があったのか大声で叫んだ。それだけならよくあることだから驚かない
が奥さんの口走った内容は「○○さん!赤ちゃん産んであげられなくてごめんなさい!!」
○○さんは明らかにご夫婦の苗字ではなかった、聞き間違うようなタイプの苗字でもなかった
言うなれば夫婦の苗字が『山田』なら奥さんが言った苗字は『勅使河原』位の違い
旦那さんは真っ青になってそのまま処置室を出て行ってしまった(事務の人いわく、お金払って帰ったそうだ)

当時はまだ高校出たての看護学生だった自分は、人の顔があんなに凄まじい形相&顔色になるのを
生まれて初めて見たので、思わず心拍数を記録するのを忘れそうになるくらい修羅場だった
…その後のご夫婦にどんな修羅場があったのかは噂でも伝わってきませんでした

【麻酔に使うラボナールは人によっては自白剤のような効果があり時々すごいことを口走る人がいて…】の続きを読む

今までにあった最大の修羅場 £24

604: 1 2011/11/26 09:26:53
去年起こった自分史上最トラウマな修羅場。

私は20代真ん中の毒。ダイエット目的で近所のジムに期間限定で入会した。
そこはファミリー感覚っつーかアットホームにやってる地元の小規模ジムで、
通ってるのはだいたい近所の太っちょおばさん達。私はぶっちぎりの最年少だった。
そのせいか、人懐っこいおばちゃんおばーちゃんが頻繁に絡んできたが、
一人暮らしで元々地元民じゃないし、気を遣う相手もいないので適度に会釈しつつ通ってた。
で、いつのまにか私が調理師でそこそこ名の通った店で働いている事がバレた。

【二人のオバチャンが「息子タンの嫁に!!」と猛プッシュしてきた。】の続きを読む

今までにあった最大の修羅場 £24

596: 名無しさん@HOME 2011/11/26 06:39:21
怪我ネタで一つ思い出した。あれは確か小学生の時の話
盆のシーズンだったと思うんだけど、小学校で夕方から学校主催の盆踊り大会?が行われた
当時小学生で、当然夜の外出禁止な家がほとんどだったけど。学校主催で先生もいるということで
ほとんどの家庭で子供だけの夜間外出を許したらしく、高学年の生徒は大体参加してた
俺たちも親からの許しを貰って、友達数人で出かけることにしたわけなんだが
色々あって少し出発が遅れていしまい「やべー遅刻だーw」とか言いながら皆全速力で自転車を飛ばして学校へと向かった
子供たちだけで夜に出かけるなんて皆初めてだったと思うし、薄暗くなってきた風景にも興奮して、今から考えると確実にテンションが上がっていたんだろう
そんな感じで自転車をかっ飛ばし、学校の側の道を走る頃には、もうかなり暗くなっていた
ふとその暗さに誰かが気づいて、自転車のライトに足を伸ばして点灯させる
その光に皆も気づいて、一人また一人と自転車のライトを点灯させていく

【ドギャン!という鈍い音と共に、前を走っていた友人の体が宙を舞った。】の続きを読む

今までにあった最大の修羅場 £24

574: 名無しさん@HOME 2011/11/25 18:59:26
麻酔で思い出した話。
小学6年の頃、図書館の本で初めて盲腸の存在を知り、そういえば
この本みたいにおへその右下が時々痛いかなーと思いつつも本みたいに
激痛にのたまうほどではなかったんで放置。

中学生になりあれ?これ激痛って程じゃないけど確実にいたいよね?
と学校を早退し学校近くの病院に行くが藪だったのか血を抜いて
痛み止めの点滴だけで終わった。

痛いけど我慢できる・・・?いや出来ない・・・?というような曖昧な
痛みを抱えていた矢先に弟が急性の盲腸で入院。
何となく言い出せなくなり我慢しだす。
しかし3日ほどで我慢できなくなり、親に泣きつき、別の病院で
見てもらうとやはり盲腸。切った方がいいと言われたが、中間テスト
1週間前だったため、親の願いで、テストが終わるまで毎日痛み止めの
点滴をすることになった。

テスト終了後速やかに手術が執り行われ、局部麻酔を希望したんだが
手術台の上のライト?が光った記憶を最後に、気が付いたら別の部屋で
寝ていて、口には酸素マスクや点滴がされていて、両端には両親が
泣きながら控えていて「ごめんねごめんね!」と叫んでいて自分ぽかーん。

なんでも自分は腹膜炎を起こしかけてたうえ、点滴で痛みを抑えていた
せいか、膿だか水だかが腹にたまっていて、後一日手術が遅かったら
確実に死んでたとかで自分gkbl。これは自分も悪いんだが、普段から
仮病を使って学校を休みたがった子だったので、親はあまり盲腸というのを
信じてなかったらしい。それでも親は罪悪感で一杯だったので
当時出たばかりのスーファミかって貰うことでチャラにした事が自分的修羅場。。

【後一日手術が遅かったら 確実に死んでたとか…】の続きを読む

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